大阪地方裁判所 平成10年(ワ)11051号 判決 1999年11月15日
本訴原告兼反訴被告
近鉄不動産株式会社
右代表者代表取締役
関根道彦
右訴訟代理人弁護士
徳田勝
本訴被告兼反訴原告
髙崎充弘
本訴被告
双葉工具株式会社
右代表者代表取締役
岡本克持郎
右両名訴訟代理人弁護士
吉川実
同
平井満
同
大櫛和雄
主文
一 本訴被告髙崎充弘は、本訴原告に対し、別紙物件目録(二)の(1)ないし(3)記載の工作物を収去して、同目録(一)の(1)ないし(3)記載の高架下建造物を明け渡せ。
二 本訴被告双葉工具株式会社は、本訴原告に対し、別紙物件目録(二)の(1)ないし(3)記載の工作物を退去して、同目録(一)の(1)ないし(3)記載の高架下建造物を明け渡せ。
三 反訴原告の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、本訴被告らの負担とする。
事実及び理由
第一 本訴請求
1 主文一、二項同旨。
2 1と選択的請求
(一) 本訴被告髙崎充弘は、本訴原告に対し、別紙物件目録(四)記載の建物を収去して、同目録(三)記載の土地を明け渡せ。
(二) 本訴被告双葉工具株式会社は、原告に対し、別紙物件目録(四)記載の建物を退去して、同目録(三)記載の土地を明け渡せ。
第二 反訴請求
反訴原告と反訴被告との間で、反訴原告が、建物所有を目的として、
1 別紙物件目録(三)の(1)の土地について、賃貸借期限平成二四年三月二七日、賃料一か月金三万五〇〇〇円、賃料当月分を毎月二五日限り支払の定めによる賃借権
2 別紙物件目録(三)の(2)の土地について、賃貸借期限平成二七年七月六日、賃料一か月金七〇〇〇円、賃料当月分を毎月二五日限り支払の定めによる賃借権
3 別紙物件目録(三)の(3)の土地について、賃貸借期限平成二九年九月六日、賃料一か月金三万六一〇〇円、賃料翌月分を毎月二五日限り支払の定めによる賃借権
を有することを確認する。
第三 事案の概要
一 本件は、賃貸人である本訴原告(以下、原告という)が、賃貸借契約の期間満了を理由に、賃借人である本訴被告髙崎充弘(以下、被告充弘という)及び目的物件の占有者である本訴被告双葉工具株式会社(以下、被告会社という)に対して明渡しの請求をした本訴に対し、被告充弘において、右賃貸借契約は、借地契約であるとして、借地権の存在確認を求める反訴を提起した事案である。
二 前提事実
1 原告は、旅客運送等を目的とする近畿日本鉄道株式会社(以下、近鉄という)の関係子会社であるが、近鉄から同会社所有の軌道高架下構造物を賃借し、これを区面・区分し、第三者に賃貸する業務を営業目的の一つとする会社である。
2 原告は、訴外髙崎親郎(以下、亡親郎という)に対し、右近鉄から賃借している高架下構造物につき、以下のとおり賃貸した。
(一) 昭和三七年三月二八日、別紙物件目録(三)の(1)記載の土地(以下、本件(三)(1)土地という)上に所在する同目録(一)の(1)記載の高架下建造物(以下、本件(1)建造物という)――通称、複々線高架下三五号地建造物第二四号・第二五号と呼称――を、使用目的を事務所、賃貸期間を昭和三七年一月一日から同年一二月三一日までの一か年として賃貸(以下、第一賃貸借契約という)
(二) 昭和四〇年七月七日、別紙物件目録(三)の(2)記載の土地(以下、本件(三)(2)土地という)上に所在する同目録(一)の(2)記載の高架下建造物(以下、本件(2)建造物という)――通称、複々線高架下第三五号地建造物第二三号の内号と呼称――を、使用目的を作業場、賃貸期間を昭和四〇年七月一日から昭和四一年六月三〇日までの一か年として賃貸(以下、第二賃貸借契約という)
(三) 昭和四二年九月七日、別紙物件目録(三)の(3)記載の土地(以下、本件(三)(3)土地という)上に所在する同目録(一)の(3)記載の高架下建造物(以下、本件(3)建造物という)――通称、複々線高架下第三五号地建造物第五号ないし第七号と呼称――を、使用目的を作業場、賃貸期間を昭和四二年九月一日から昭和四三年八月三一日までの一か年として賃貸(以下、第三賃貸借契約という)
3 亡親郎は、平成七年九月一五日に死亡し、被告充弘が、右第一ないし第三賃貸借契約にかかる亡親郎の右契約上の地位を相続承継した。
4 右各賃貸借契約は、いずれも賃貸期間を一か年と定め、当該賃貸期間の満了の一か月前までに、原告又は亡親郎のいずれか一方から相手方に対し解約の意思表示をした場合は、右賃貸借契約は賃貸期間の満了と同時に終了し、いずれからも解約の意思表示をしない場合は、更に一か年間契約を更新し、以後も同様とする旨定められている。そして、原告及び亡親郎のいずれからも右各賃貸借契約について解約の意思表示はなされず、右各賃貸借契約は年々更新されてきた。
5 亡親郎は、本件(1)ないし(3)建造物の高架橋のスラブと支柱を利用して、高架橋のスラブを天井とし(屋根はない)、支柱と支柱間に板・鉄板・波板等を張りめぐらして壁面とし、別紙物件目録(二)の(1)ないし(3)記載の工作物(以下、本件(1)ないし(3)工作物という)を造作して所有し、これを被告会社が倉庫として使用し占有している。
なお、被告充弘は、本訴提起後である平成一〇年三月二五日、本件(1)ないし(3)工作物が建物であるとして、別紙物件目録(四)の(1)記載の建物(以下、本件(四)建物という)の表示登記手続を行った。
三 争点
1 第一ないし第三賃貸借契約の性質
借地契約か。
2 第一ないし第三賃貸借契約は終了したか。
その終了時期はいつか。
3 被告充弘は、本件(三)(1)ないし(3)土地について、借地権を有するか。
借地権を時効取得したか。
四 争点に関する原告の主張
1 第一ないし第三賃貸借契約は、鉄道施設である軌道高架の区画されたスラブとこれを支える支柱と支柱基礎を埋没した敷地土地である本件(三)(1)ないし(3)土地の地表とで囲まれる本件(1)ないし(3)建造物の空間の利用を目的とする民法上の賃貸借契約類似の無名契約であり、右各契約の終了事由は、右各契約自体が定める契約条項によるものであるから、右各契約は、後記のとおりいずれも賃貸期間の満了により終了した。
2 第一ないし第三賃貸借契約は、鉄道施設の一部である本件(1)ないし(3)建造物の使用を目的とする民法上の賃貸借契約であり、右各契約の終了事由は、右各契約自体が定める契約条項によるものであるから、右各契約は、後記のとおりいずれも賃貸期間の満了により終了した。
3 第一ないし第三賃貸借契約が本件(三)(1)ないし(3)土地の賃貸借契約であるとしても、建物の所有を目的としない民法上の賃貸借契約であるから、右各契約の終了事由は、各契約自体が定める契約条項によるものであるから、右各契約は、後記のとおりいずれも賃貸期間の満了により終了した。
4 第一ないし第三賃貸借契約が本件(三)(1)ないし(3)土地の賃貸借契約であり、本件(四)建物の所有を目的とするとしても、いずれも、借地法第九条に定める一時使用を目的とする土地の賃貸借契約であるから、該契約関係には借地法第二条ないし第八条の二の適用が除外される結果、右各契約の終了事由は、民法上の賃貸借契約として各契約自体が定める条項によるものであるから、後記のとおりいずれも賃貸期間の満了によって終了した。
5 第一ないし第三賃貸借契約が本件(三)(1)ないし(3)土地の賃貸借契約であり、本件(1)ないし(3)工作物が本件(四)建物として所謂法律上の建物で、該建物の所有を目的とし、且つ一時使用を目的とするものでないとしても、原告は、右各契約について、賃借人である亡親郎・被告充弘に対し、本件(三)(1)ないし(3)土地の自己使用の必要性を事由として、右各契約の賃貸期間を三〇年とする賃貸期間の満了の日の前後に、内容証明郵便及び口頭により本件(三)(1)ないし(3)土地の明渡・返還を求め、右各契約の更新に異議を申述しているものであり、右各契約は、後記のとおりいずれも賃貸期間の満了により終了した。
6 本件(3)建造物を構成部分とする軌道高架は、近鉄が昭和八年に着工し、昭和一二年に完成したものであり――通称旧高架と呼称――、本件(1)・(2)建造物を構成部分とする軌道高架は、昭和二八年に着工し、昭和三一年に完成したものであり―通称新高架と呼称―、右完成以来右旧高架は六〇年、新高架は四〇年以上を経過している。
7 鉄筋コンクリートの構造物は、一般的に経年と共に所謂「コンクリートの中性化」が進み、鉄筋の腐蝕やコンクリートの亀裂・剥離・断面欠損等々の様々な劣化現象が生じ、鉄筋コンクリートの長所と言われる強度・耐久性が著しく劣化し、これを保持する為には継続的な随時の点検と補修工事を要するものである。
8 大量の乗客の迅速且つ安全な輸送の確保を第一義とする近鉄は、新・旧高架に右の劣化現象が随所に見られるようになったことから、昭和六三年五月、右新・旧高架に関し、右劣化現象の有無・程度の点検と該劣化個所の補修工事の実施を事業計画し、原告に対し、右点検・捕修工事の実施につき協力を求めると共に、必要やむを得ぬ場合には、原告に賃貸している軌道高架下建造物の一部の契約の解除及び明渡を求める旨申入して来たものであり、以来原告は、近鉄の右高架の点検・捕修工事の実施に協力し、近鉄も又巨額の費用を投入し右点検・補修工事に着手し実施してきた。
9 その間、平成五年七月二〇日、本件(1)ないし(3)建造物の東方約一〇〇メートルのところに位置する通称複々線高架下三六号地所在の軌道高架が突然数センチメートルも沈下する事態が発生し、改めて近傍軌道高架の敷地地盤が軟弱であることが明らかになり、本件(1)ないし(3)建造物についても右点検・補修工事が急がれることとなった。
10 さらに、平成七年一月一七日阪神大震災が発生するに及び、不幸にも、JR西日本・阪急電鉄・阪神電鉄の軌道用高架、阪神高速道路公団等の車道用高架の高架橋が各所で折損・倒壊する等の甚大な被害が発生し、近鉄は、右地震による高架橋被害の発生状況に鑑み、近鉄所有の軌道高架について右と同種の被害が発生することを防止する為、従来から実施中の右点検・補修工事に加え、抜本的な軌道高架それ自体と該敷地地盤の補強工事を実施することとし、原告にその旨通知すると共に尚一層の協力を求めてきた。
11 右の経緯により、原告は、平成三年一〇月から亡親郎に対して、点検・補修・補強工事の必要性を説明し、本件(1)ないし(3)建造物の明渡を求め接衡してきたものであるところ、同人に誠実に対応する様子が見られなかったので、やむなく平成四年一月三一日、亡親郎に対し、内容証明郵便により、平成三年一二月三一日に賃貸期間の満了する第一賃貸借契約にかかる契約の更新に異議を述べ、右郵便は同年二月二日に同人に送達された。その後も原告は再々亡親郎と面談し、賃貸にかかる全ての高架下建造物の明渡を求め、平成七年四月一四日及び五月一一日にも、代理人である被告会社の代表者に対し、第二賃貸借契約の解約と明渡を口頭により請求し、平成九年七月二四日、被告充弘に対し、内容証明郵便により、第一ないし第三賃貸借契約の更新に異議を述べ、右郵便は同月二五日同被告に送達された。
12 原告は、亡親郎や被告会社に対し、又亡親郎の死亡後は相続人である被告充弘に対し、前記のとおり明渡の必要事由を説明し理解を求めると共に、移転先の紹介・立退料等の条件を提示したものであるが、被告充弘等はこれに応じず、原告は、やむなく、平成一〇年一月二〇日、本訴を提起し、同月三一日、被告充弘に訴状が送達された。
13 右のとおりであるから、
(一) 第一賃貸借契約は、平成三年一二月三一日、平成四年一二月三一日、平成九年一二月三一日、平成一〇年一二月三一日のいずれかに
(二) 第二賃貸借契約は、平成七年六月三〇日、平成一〇年六月三〇日のいずれかに
(三) 第三賃貸借契約は、平成九年八月三一日、平成一〇年八月三一日のいずれかに
それぞれの賃貸期間の満了により終了した。
14 被告充弘の借地権の時効取得の主張は争う。
五 争点に関する被告らの主張
1 第一ないし第三賃貸借契約は、本件(三)(1)ないし(3)土地について、建物所有を目的とする期間三〇年の賃貸借契約、即ち借地契約である。
2 原告の異議には正当な事由がなく、右賃貸借契約は、いずれも法定更新された。
3 亡親郎は、本件(三)(1)ないし(3)土地を、建物所有の目的で賃借し、二〇年以上に渡り、占有使用してきたから、本件(三)(1)土地については昭和五七年三月二九日、本件(三)(2)土地については昭和六〇年七月八日、本件(三)(3)土地については昭和六二年九月八日に、それぞれ借地権を時効取得した。
被告充弘は、右時効を援用する。
第四 判断
一 争点1について
1 証拠(甲一の1、二の1、三の1)によると、第一ないし第三賃貸借契約について、以下の契約内容が認められる。
(一) 賃貸借物件の表示として、前記前提事実2記載のとおり、複々線高架下の何号地建造物何号という表示がされている。
(二) 第一条において、目的物件が公共性を有する鉄道施設に関連した特殊物件であり、借家法にいう建物(もちろん土地ではない)ではないとされている。
(三) 賃貸借期間は、前示前提事実2記載のとおり一か年とされており、双方が解約の意思表示をしないときには、同一条件で更に一か年継続するものとされている。
(四) 原告ないし近鉄の係員が業務上の必要がある場合には、目的物件への立入り・調査・作業が認められており、賃借人はこれに応じるないし協力することとされている。
(五) 近鉄や官庁の指示、公共事業若しくは天災等により、原告が目的物件の返還を請求した場合には、賃借人はいつでも異議無く承諾し、損害賠償等の請求はできないこととされている。
2 被告充弘が所有し、被告会社が占有使用している本件(1)ないし(3)工作物(被告らは本件(四)建物という)の状況は、前記前提事実5記載のとおりであって、証拠(甲一八)によると、高架橋のスラブと支柱を構成材料としたもので、屋根もない建造物である。
3 以上認定の事実及び前記前提事実に照らすと、第一ないし第三賃貸借契約は、近鉄が所有している本件(三)(1)ないし(3)土地の地表を含み、その上の軌道高架橋スラブと高架橋支柱で囲まれた空間部分を対象として、公共性の強い近鉄の鉄道事業ないし原告の事業を遂行するのに影響や支障の無い範囲内に限って、右対象に撤去の容易な簡易建造物等の設置・所有等を許すものの、契約期間は一年の期間の更新が繰り返されるという、目的物においても性質・内容においても特殊な賃貸借契約と解するのが相当である。
4 被告充弘は、第一ないし第三賃貸借契約は、本件(三)(1)ないし(3)土地上の建物所有を目的とする借地契約であると主張し、同被告及び被告会社代表者もこれに沿う供述をするが、前示のとおりであるから、右供述に沿う事実を認定することはできず、右主張は採用できない。
二 争点2について
1 右一での説示及び前記前提事実に従うと、第一ないし第三賃貸借契約は、期間一か年の契約であり、期間満了前一か月前までに解約の意思表示がなされれば、当該期間の満了によって終了するものといわざるを得ない。
2 そして、証拠(甲四の1、2、五の1ないし5、八、九、乙五四、証人坂本、同西村、被告会社代表者)によると、第三の四(争点に関する原告の主張)の6ないし12の事実が認められる。
3 右認定事実によると、第一ないし第三賃貸借契約は、遅くとも本訴の提起によって、解約の意思表示がなされたものと認められ、次の時期に期間満了によって終了したものとみるのが相当である。
(一) 第一賃貸借契約 平成一〇年一二月三一日
(二) 第二賃貸借契約 平成一〇年六月三〇日
(三) 第三賃貸借契約 平成一〇年八月三一日
4 被告らは、解約の意思表示に正当事由が必要である旨主張するが、第一ないし第三賃貸借契約の内容・性質に照らすと、解約の意思表示に正当事由が必要とは認められず、右主張は理由がない。
三 争点3について
1 被告充弘は、第一ないし第三賃貸借契約が借地契約であることを前提にその法定更新を主張するが、右賃貸借契約が、借地契約でないことは前示のとおりであるから、右主張はその前提を欠き、採用できない。
2 また、被告充弘は、本訴(三)(1)ないし(3)土地について借地権の時効取得を主張する。
しかし、亡親郎ないし被告充弘の本件(1)ないし(3)建造物に対する占有が、前示特殊な賃貸借契約に基づく占有でなく、建物所有を目的とする右各土地の賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されてきたことについて、主張も立証もない。
したがって、この点の主張も採用の限りでない。
3 右のとおりであるから、被告充弘の反訴請求は、失当である。
第五 結論
以上のとおり、原告の本訴請求は理由があり、被告充弘の反訴請求は理由がない。
(裁判官中村隆次)
別紙<省略>